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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4089号 判決

控訴人(附帯被控訴人。以下単に「控訴人」という。)

株式会社電通

右代表者代表取締役

成田豊

右訴訟代理人弁護士

松嶋泰

相場中行

鈴木雅之

寺澤正孝

竹澤大格

瀧川円珠

被控訴人(附帯控訴人。以下単に「被控訴人」という。)

乙山春男

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

藤本正

主文

一  原判決を次のように変更する。

1  控訴人は、被控訴人らそれぞれに対し、金四四五五万八二〇五円及びこれに対する平成三年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。

四  この判決の第一項の1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

(二)  右部分に関する被控訴人らの請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

2  附帯控訴の趣旨

(一)  原判決を次のように変更する限度で取り消す。

(二)  控訴人は、被控訴人らそれぞれに対し、金八一五九万〇二二〇円及びこれに対する平成三年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は、第一、第二審とも控訴人の負担とする。

二  事案の概要

次のように付加、訂正するほかは、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表六行目の次に「なお、控訴人においては、勤務時間の定めは存したものの、タイムカードによる時間管理は行われておらず、社員各自の作成する勤務状況報告表に基づき残業手当てが支払われていた。」を加える。

2  同裏一〇行目の「していたこと」を「していたためうつ病に罹患し、その結果自殺したこと」に、同一一行目の「等の」を「又は」に改め、同行目の「認められるかどうか」の次に「、さらに、損害算定に当たり、太郎ないし被控訴人ら側に存する事情により損害額を減額すべきかどうか」を加える。

3  同七枚目裏一行目の「ないこと」の次に「(訴外滝口は、部下の業務の繁忙度を把握するように努め、部下に業務の偏りが恒常的に生じないよう配慮していたものであり、季節的要因、クライアント要因等により避けられない一時的繁忙はあるものの、一人当たりの業務量はほぼ平準化していた。また、太郎の業務は、訴外坂本の指導の下に行われたものであるうえ、高度の企画力を必要とする段階のものではなかったのであり、経験の浅い社員として、一般的な業務量であった。)」を加え、同三、四行目の「同人の性格か、業務外の個人的事情」を「本人の性格、能力、訴外甲野春子(以下「訴外甲野」という。)との電話、家族のわずらわしさ、父親が潜在的、顕在的に太郎に要求している長男像の圧力から独立したいとする無意識の欲求、会社にいることの安心感及び自宅へ帰るより会社にいたいとの独身症候群」に改め、同六行目の次に次のように加える。

「(3) 控訴人の業務は、自己裁量により行われる部分がかなり多く存在し、その気になれば、普段は、通常の勤務時間内に仕事を済ますこともできたのであるから、太郎が長時間在館したことを控訴人の強制的な業務命令によるものであるかの如くいう被控訴人らの主張は失当である。また、その仕事は創造的なものであり、経験によりその成果が変わってくるものであって、新入社員の気持ちの中には、早く一人前になりたいというムードがあるから、このような動機で残業を行うこともあり、これは上司からの命令によるものではないし、在館時間中には同僚や先輩と飲みに行ったり、食事をしたりする時間や本人の精神上の問題で相対的に仕事量が増加したり、能率が悪いために通常の社員以上に時間を必要としたり、ただ漠然とぼんやりとしていたために時間がかかることもある。これらの事情を考慮することなく、在館時間中のすべての間において、太郎が控訴人の強制による長時間労働をしていたかのようにいう被控訴人らの主張には、論理の飛躍がある。」

4  同八枚目表六行目の「いえないこと」の次に「、控訴人の所定休日は、完全週休二日制で国民の祝日、休日、年末年始の休日からなっており、平成二年七月から平成三年三月までには九二日(太郎につき、勤務状況報告表及び監理員巡察実施報告書による休日勤務を除いたもの七四日)の、平成三年四月から同年八月二七日までには四五日(右同二七日)の休日があったこと」を、同裏七行目の「午前六時」の前に「翌朝」を加え、同九行目の次に次のように加える。

「(3) 太郎がうつ病になっていたことの確たる証拠はない。疲憊性うつ病は、心因性うつ病の一種であり、あくまでも感情上の苦悩(ストレス)が問題となる病気であり、長期間の情動上のストレスの持続により発症するとされているから、過労等の肉体疲労で疲憊性うつ病になることはない。

仮に、太郎がうつ病になっていたとしても、それは、後記(4)のとおり、太郎の父親への依存による本人生来の未熟さ、訴外甲野との愛情関係上のストレス、情動負荷、父親の抑圧が原因であって、業務が原因ではない。この場合、被控訴人ら主張の長時間労働は、このようなうつ病による太郎自身の能力低下がもたらした悪循環によるものとも考えられる。

(4) 自殺は、『故意による死亡』であるから、心神喪失の状態にない限り、本人の精神上の決断、意思の選択としてされるものであって、自殺と業務との間の相当因果関係を肯定するためには、故意(自由意思)の介在を排し得るような特別の事情、あるいは、それほどまでに明確かつ強度な因果関係が必要であり、これが認められる場合に初めて、相当因果関係があるというべきである。自殺者は、重症分裂病等の例外を除き、病気に支配されて他律的に自殺するものではなく、自殺者の主体的自己決定として自殺がされるものであり、太郎の場合も、自殺の意思形成が何故されたのかが重要である。しかし、右のとおり十数時間の空白の時間帯があり、その点の具体的心理的プロセスは想像の域を出ないが、訴外甲野が太郎の遺体にとりすがり、『ごめんなさい。』と言って泣き崩れた事実や被控訴人春男が訴外坂本に対し、『甲野春子が懺悔した。』と述べた事実等に鑑みると、訴外甲野との恋愛関係から生じた喪失感が自己の失望感になり、それが自殺意思の形成の直接の契機となった可能性が高い。また、太郎は、①弟が秋男という名前であることから、父親が長男の自分に不満をもっているのではないかと、自分の名前の付けられ方にコンプレックスを感じていたこと、②世田谷区の訴外甲野の家に近い田園調布のマンションの借入れを希望した際、被控訴人春男から反対されたこと、③タレントになることを希望していながら被控訴人春男に強く反対されたこと、④父親である被控訴人春男を厳格で厳しい人とみていたことなどから、父親が潜在的に厳しい恐怖の存在として心の中で大きな位置を占めていたことが推認される。いずれにしても、本件においては、太郎の故意(自由意思)の介在を排し得るような特別の事情は存在せず、太郎の業務と自殺との間に、明確かつ強度な因果関係は認められない。」

5  同九枚目裏五行目の次に改行して「なお、本件においては、長時間労働によって太郎が健康を害することについての控訴人の予見可能性は必要であるとしても、その結果うつ病になること、更には、自殺することまでの予見可能性は必要でないというべきである。」を、同七行目の冒頭に「(1)」を、同行目の「義務」の前に「一般的」を加え、同八行目の「しかしながら、」の次に次のように加える。

「控訴人には、太郎がうつ病に罹患し、自殺することまでの予見可能性はないから、控訴人に太郎の自殺を防止すべき安全配慮義務は存在しない。すなわち、仮に太郎がうつ病になったとしても、その症状は外観からは全く分からないのであるから、控訴人にはうつ病による自殺についての予見可能性はない。また、自殺は、心神喪失の状態にでもない限り、本人の自殺念慮に起因し、自ら死を選択した結果であるから、控訴人には太郎の自殺を予見することも、またこれを回避することも全く不可能である。控訴人の社員の誰しもが、太郎の自殺の原因は女性の問題かなと思う位で、特に思い当たらなかったのであり、特に、太郎は、自殺直前の原村では同僚と一緒に通常と同じ仕事をし、帰る時は先輩に送られ、車に器材を積んで元気に原村を後にしたのであり、誰もが太郎が自殺するなど到底思い至らず、予見可能性は(したがって、回避可能性も)、全くなかった。

そもそも安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求をする場合、請求者は、債務不履行の前提としての配慮義務の具体的内容を特定すべきであるところ、その趣旨からすると、本件において、太郎のうつ病ないし自殺についての予見可能性がない以上、控訴人に右配慮義務が発生する余地はないというべきである。

なお、予見可能性は、控訴人に責任を課する前提として重要であるところ、自殺という結果について、健康を害することの予見可能性をもって足りるとする被控訴人らの主張は、予見可能性概念を無条件的に拡大するものであり、本来、予見可能性の有無は個別的具体的に検討されるべきであるとする趣旨に反して妥当でない。

(2) また、」

6  同一〇枚目表六行目の次に次のように加え、同七行目の「4」を「5」に改める。

「4 過失相殺等

(一)  控訴人の主張

太郎は、訴外甲野との間でトラブルめいたことがあり、感情上の苦悩を体験し、一方、太郎本人は執着気質で自尊心も強く、仕事について人一倍気にする性格であった。本来、適当に仕事を打ち切ればよいのに、自分の能力や結果にこだわり、それが相対的に仕事量を増やすなど、悪循環を繰り返した。また、自殺についても、通常人なら充分処理可能であることを深く思い込んで逃避的に自殺を決行したことも考えられる。したがって、本件自殺については、本人の性格傾向、訴外甲野との問題等の心因的要因が多く寄与しているから、民法七二二条二項により、発生した損害の八割が減額されるべきである。

さらに、太郎本人が精神の異常に気づいたとすれば、直ちに専門医を訪れて診断を受け、対処すべきであった。仕事が本当に自分の健康を害し、自殺まで選択しなくてはならない程であったとすれば、控訴人を退職することも可能であった。

結局、被控訴人ら側に存する諸事情が太郎の自殺の主要な原因であるから、民法七二二条二項ないしその類推により、損害額を減額すべきである。

(二)  被控訴人らの主張

太郎の自殺の引き金となったうつ病の原因は、異常、過酷な長時間労働及びこれによる極度の疲労、著しい睡眠不足にあった。こうした状態が長期に継続すれば、誰でも、脳、心臓等の疾患により命を失うか、あるいはうつ病に罹患する可能性は極めて高い。長時間労働による極度の疲労、著しい睡眠不足は、本来脳や心臓疾患による死亡を招くに値するもので、これと同一条件のもとで罹患した本件のうつ病は、それ自体『死』と同質のものである。このように、太郎に限らず、誰であっても不可避的に罹患する可能性の高い本件うつ病については、個人的な他の心因的要因が介在すると考える余地は全くない。また、うつ病等の神経障害者の自殺は、自由意思によるものではなく、自殺という行為を選ぶことそのものが、うつ病の一つの症状なのであるから、うつ病になった以上は、うつ病とその自殺との間には、自由意思あるいは心因的要因は介在しない。したがって、太郎の自殺については、控訴人に全責任があり、過失相殺等を理由とする損害額の減額は相当でない。」

7  同裏一行目の次に次のように加える。

「(当審での不服申立ての限度)

(一)  逸失利益

(1) 年収分

一億一三〇九万八五九二円

ただし、太郎は遅くとも三〇歳までには結婚しており、独身時代は五〇パーセントの生活費控除が相当であるとしても、結婚後の三一歳以降については三五パーセントとすべきであり、これをもとにライプニッツ方式で中間利息を控除して計算すると、別紙の附帯控訴人主張欄のとおり、太郎の死亡による逸失利益は一億一三〇九万八五九二円となる。

(2) 退職金分 五二四万七二六三円

(二)  慰謝料 三〇〇〇万円

(三)  弁護士費用

一四八三万四五八五円」

三  争点に対する判断

次のように付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実及び理由の「第三争点に対する判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇枚目裏四行目の「乙一」の前に「四四、四五、六〇ないし六二(枝番を含む。)、六四ないし六六(枝番を含む。)、六九、」を、同四行目の「四〇」の次に「、六二(枝番を含む。)、六三、六五、七一ないし七六(枝番を含む。)、八五ないし九六(枝番を含む。)、一〇一(枝番を含む。)」を、同五行目の「同金森康雄」の次に「、同甲野春子」を、同一一枚目表三行目の「アメリカンフットボール」の次に「、スキューバーダイビング」を加え、同一二枚目表四、五行目の「太郎は、大学四年生のころ、」から同六行目までを「太郎は、大学生の時に、当時雙葉高等学校の学生であった訴外甲野と知り合い、以後(訴外甲野は、その後聖心女子大学に入学した。)交際を続けていた。」に、同七行目の「大学三年生のとき」を「太郎が大学四年生の平成元年五月」に改める。

2  同一三枚目裏二行目及び同四行目の「勤務時間報告表」を「勤務状況報告表」に改め、同一四枚目裏六行目の「深夜残業者」の次に「(内女性一一名)」を、同八行目の「調査」の次に「(社員、主事、副参事、参事の一〇〇〇名にアンケートを配布し、四三〇名分回収)」を加え、同一〇行目の「男子社員平均で」を「男子の社員クラスの平均では」に改め、同行目の「また、」の次に「深夜残業に関する」を加え、同一一行目の「記載した社員」を「記載したとする者に」に改め、同一五枚目表一行目の「、それ以外の者は」を削り、同三行目の「というものであった」を「とする者(事実と異なる申告をしたとする者)は、男性が42.9パーセント(49.2パーセントとの数字もあるが、右を採用する。)、女性が58.7パーセントであった」に改め、同行目の次に「さらに、右調査によると、平成三年一月から一二月までの一年間につき、三六協定上限時間を超過した月があると答えた者は、男性で65.7パーセント、女性で29.0パーセントにのぼり、深夜の時間外勤務に関しては、男性の零時以降の深夜時間外勤務経験者は73.9パーセントであり、(そのうち、一か月に一〇日以上の経験者は24.6パーセント)、女性の午後一〇時以降の深夜時間外勤務経験者は58.0パーセントであった。これらに対し、控訴人としても、恒常的長時間残業、残業の特定の職場、特定個人への偏りが問題点として存在することは認識していた。」を、同裏七行目の「記載し」の次に「(その際、完全に眠っている者については誰何して起こした上でその旨報告するが、それ以外は報告書に記載しなかった。)」を、同一七枚目表三行目の次に「なお、控訴人においては、前記のとおり、深夜残業者に対する出勤猶予等の制度が存したが、控訴人の宣伝不足や先輩の指導、職場の雰囲気等の関係から、新入社員や若手社員については、あまり利用されていないのが実情であった。」を加える。

3  同裏四行目の「太郎は」の次に「、平成二年六月から平成三年六月までは班長付きとして」を、同七行目の次に「太郎は、平成三年七月からはラジオ推進部員として独立し、築地第七営業局と入船第三営業局の一部を担当し、入船第八営業局の花王化粧品の仕事を補助した。」を加える。

4  同一八枚目裏六行目の次に「太郎は、平成三年七月ころの訴外甲野宛の手紙の中に、『明日、資料を使うので今日中に仕上げなければならない仕事があり、……。でも、じっくりと自分の仕事ができるのは八時すぎからなんだよね。それでどうしても午前一時、二時まで仕事をしてしまう。物理的に量も多いしね。』等と記載している。」を、同九行目の「また」の次に「、班に配属されて間もないころ」を加え、同一一行目の「平成」から同一九枚目表二行目までを削り、同六行目の「可愛がられていた」を「可愛がられ、訴外坂本の取れなかった仕事を取ってきたりしたこともあった」に改め、同二〇枚目表四行目の次に「また、太郎が平成三年一月に提出した『主事・社員自己申告表』には、過去一年間の職務の成果として、職務内容を大体把握でき、仕事の流れがわかってくるにつれて、計画的な作業と、作業の優先順位をつけていくことができるようになったことが記載され、今後の努力目標として、①効率的な作業、②迅速かつ簡潔な報告、③作業の優先順位を理解する、④独自のネットワークを築く、⑤企画能力の向上、⑥積極的なプロモート、⑦大局をみる、⑧時間厳守が挙げられており、担当職務への満足度に関し、仕事の量はやや多い、仕事の質はややむずかしい、仕事は張り合いがある、自分は仕事へは向いている、自分の能力はほぼ発揮されているなどと自己評価している。」を加え、同九行目の次に次のように加える。

「太郎の勤務状況に対する上司の評価は、概して良い方であり、平成三年一月時点において、ラジオ推進部長(訴外滝口)及びラジオ局長(訴外加藤純。以下『訴外加藤』という。)から、具体的実績も上げており、ラジオ推進部の戦力となりつつあること、非常な努力家であり、積極的かつ前向きな目標をもっていること、先輩の注意も良く聞く素直な性格であるなどと評価され、同年三月時点においても、入社年次を考慮するとよく健闘している、自分の能力なりに計画を持ち、積極的に営業局にプロモートすることにより実績も上げつつあるなどと評価されていた。」

5  同一〇行目の冒頭に「なお、平成三年度入社の新入社員は、第三回世界陸上競技大会の担当部局に配属されたため、」を加え、同裏九行目の「太郎の」から同一〇行目までを「太郎の取得可能な年次有給休暇数は、入社初年度が一〇日、平成三年度は前年度の繰越を含めて24.5日であった。」に、同二一枚目表二行目の「、同年六月は九二時間」を削り、同裏五、六行目の「695.5時間」を「603.5時間」に、同六行目の「七二三時間」を「六三一時間」に改め、同一〇行目の「五回」の次に「(そのうち、『時間』欄に徹夜と記載されているのは一回)」を、同二二枚目表一行目の「二回」の次に「、他に、同欄には徹夜の記載がないが、『実施所見』欄に徹夜と記載されているのは一回」を、同行目の「そのうち」の次及び同二行目の「徹夜」の前に「『時間』欄に」を加え、同八行目の「平成三年」を「平成三年度」に改め、同裏一一行目、同二三行目表一行目、同二行目及び同四行目の「徹夜」の前に「『時間』欄に」を加え、同行目の「一〇回」を「九回」に、同五行目の「平成二年度」を「平成二年」に改める。

6  同二五枚目裏七行目の「帰宅しない日」の次に「や青山にある被控訴人春男の事務所に泊まる日」を加え、同二七枚目表一行目の「動かすなどしていた」を「動かすなどして起こしていた」に改め、同八行目の次に次のように加える。

「(三) 訴外甲野との交際状況等

太郎は、訴外甲野が聖心女子大学の学生になった後も交際を続け(太郎が控訴人に入社した平成二年四月に訴外甲野は大学二年生になった。)、そのころ、『いつか将来は、君と結婚できればよいと思っている。』とその心情を明かしたことがあったが、訴外甲野は、『結婚のことは卒業してから考えましょう。』と述べるにとどまった。太郎が控訴人に入社した後は、毎週の日曜か土曜にデートを重ね、平日は週一度位の割合で、昼食又は夕食を共にしていた。

太郎は、平成三年一月ころ、訴外坂本に対し、訴外甲野の家庭内の事情から同人との連絡を取るために仕事時間中に電話をしたり、会ったりすることの承諾を求めたところ、訴外坂本はこれを了承した。そして、太郎は、実際にも、平日の勤務時間中に訴外甲野と電話をしたり、喫茶店や食堂で共に時間を過ごしたこともあった。

平成三年六月ころ、太郎がデートの時間に一時間程遅れてきたことがあったため、訴外甲野は感情的になり、太郎の態度を非難して、『どうしてこんなに遅れたの。』と強い調子で太郎を責めたことがあったが、それ以外は二人の仲に特にトラブルめいた出来事はなかった。

太郎は、訴外甲野とのデートが終わった後に、訴外甲野を自宅まで送り、その後に会社へ戻って行くことが多かった。

訴外甲野は、太郎の心身の異常について、デート中特に気がついた点はなかったが、平成三年八月上旬ころ、太郎の顔の色にむらがあるのを感じたことがあった。」

7  同二八枚目表一行目の「訴外坂本に対し」の次に「、自分に自身がない、仕事の面でも人間としての部分でも、自分で何を話しているのかわからない」を、同四行目の「太郎は」の次に「、母親である被控訴人花子からみても」を加える。

8  同二九枚目表五行目の「受けた」を「受け、急性咽頭炎の診断を受けた。その際、太郎は、同月九日に次回の予約をしたが、当日の診療には行かなかった」に、同八行目の「友人」を「訴外甲野」に改め、同裏一行目の「有給休暇」の前に「平成三年度初めて」を、同六行目の「仮眠を取り、」の次に「午前九時過ぎ」を、同三〇枚目表二行目の「八時」を「七時」に、同行目の「友人」を「訴外甲野」に改め、同三行目「出社し」を削り、同行目の「退館した」を「控訴人の社内に入館し、すぐ退館した」に改め、同五、六行目の「午前九時から」の次に「横須賀で」を、同裏三行目の次に「同日午後二時過ぎころ、太郎は、訴外甲野に対し、電話で『眠くて仕方がない。もし家に誰も居なかったら、三〇分でもいいから寝かせてもらいたい。』と話した。もっとも、訴外甲野の家に同人の母が居たため実現しなかった。」を、同三一枚目表一〇行目の「ノイローゼ気味なんだ。」の次に「とにかくやることがあり過ぎて、何をやっていいのか分からない。君と会ってほっとしたいんだけど。」を、同行目の「話した。」の次に「これに対し、訴外甲野は、『やるべきことをリストアップするとか、坂本さんに手伝ってもらうとか相談できないの。』と助言したところ、太郎は『書き出すだけでも終わっちゃうよ。』などと答え、最後に、『週末の原村のイベントが終わったら一緒に夕食でも食べよう。』と述べて電話を切った。午後七時ころから班の飲み会があり、太郎はそこに出席したが、」を加え、同裏四行目の「Yシャツを」を「父親のYシャツを借りて、これに」に改め、同一〇行目の「帰宅」の次に「、午前八時ころ出勤し、終夜帰宅しなかった」を加える。

9  同三二枚目表四行目の「出張していたが、」の次に「休日をつぶして遠方の会場で雑用係をさせられることなどから」を加え、同五行目の「大嫌い」を「嫌い」に改め、同裏五行目の「太郎は」の次に「、同日午前一一時ころ」を、同三三枚目表五行目の「終わった後、」の次に「午後六時ころ一旦家に帰り、午後一〇時ころ」を、同六行目の「来た」の次に「が、別荘の所在が分からないとの電話をしてきた」を加え、同七行目の「昼過ぎころの」から同九行目の「ころであった。」までを削り、同九行目及び同裏二行目の「坂本宅」を「右別荘」に改め、同三四枚目表一行目の「なったこと」の次に「、その原因は分からないこと」を加え、同三行目の次に「これに対し、訴外坂本は、これまでの自分の仕事上の苦労話、手柄話をし、同人の妻は『この人だって、今こんな偉そうなことを言っているけど、昔はあなたと一緒よ。あなたよりひどい仕事をしていたという評判がある位なんだから。もっと自信持ちなさいよ。』などと太郎を励ました。さらに、訴外坂本は、このイベントが終わったら、持っている仕事を全部白紙にして息抜きしたらどうだ。仕事でそんなに悩むのはばかみたいだから、悩むのは止めろと助言した。」を、同六行目の「一〇時三〇分ころ」の次に「右別荘を出発し、昼ころ」を、同九行目の「夕食をとり、」の次に「その際、味の素の関係者から訴外神和住純のテニス教室にリスナーが何故参加しないのかという声が上がっているとの話題が出たところ、太郎はそれが自分の責任であるかのように受け取り、次第に暗い感じになったが、訴外坂本は、それは向こうの間違いだから気にするなと太郎を元気づけた。」を、同裏一行目の「訴外坂本が」の次に「会社に来るのがいやなのかと尋ねたところ、最初はいやじゃなかったんですが、最近ちょっとつらいと答え、さらに、訴外坂本が」を、同七行目の次に「太郎は、訴外坂本に対し、『二時間位しか眠れない。七月から始まって八月に入ってから酷くなった。その原因はちょっと分からない。』などと述べていた。」を、同一〇行目の「できなかった。」の次に「その際、味の素の関係者が太郎に対し、いつものテニスと違うし、何か悩み事でもあるんじゃないのと尋ねたところ、太郎は、昨日いろいろ話を聞いてもらったのですっきりしたと答えた。」を、同三五枚目表二行目の「送迎等をした」の次に「が、やはり太郎は元気のない様子であった」を加え、同三行目の「五時三〇分」を「四時」に、同行目の「八時」を「五時三〇分」に改め、同一一行目の「連れていった。」の次に「訴外坂本は、太郎に対し、『すっきりしたかい。』と尋ねたところ、太郎は、『いや、すっきりはしていないけど、気は晴れました。』と答えた。」を加え、同裏六行目の「午後二時ころ」を「午後二時半ころ」に改め、同六、七行目の「先に」の前に「太郎に見送られて」を加え、同八行目の「電話を架けたが」を「電話を架け、『今仕事が終わってこれから帰るから。気をつけて帰るから。最近いろんな人に痩せたっていわれるんだ。実際五キロ位痩せてね。忙しくてさ。明日とか明後日とか用事ある。一緒に夕食でも食べよう。また、その日の午前中にでも電話入れるから。』などと述べたものの、その日のうちに」に改め、同三六枚目表六行目の「医者にいく。」の次に「会社から電話があったら病院に行ったと言っておいて。」を、同七行目の「自宅」の次に「の風呂場」を、同八行目の「自殺」の次に「(縊死)」を加える。

10  同九行目の「二七の1、2」の次に「五〇の1、2、五一の1ないし3、五三ないし五五、六六、七二、乙三六、三八の1ないし4、三九の1ないし6、四一ないし四三(枝番を含む。)、五二の1ないし3、六五、六七の1、2、六八の1ないし3、八一の1ないし8、八九」を、同三七枚目表六行目の次に改行して「うつ病には、ある時期がくると誘因がなくても自然に発症する内因性うつ病(これは脳に内在する神経伝達物質系の機能異常が原因とされ、主として遺伝的負因が強いと考えられている。)とストレス等を誘因として発症(罹患)する外因性ないし反応性うつ病がある。もっとも、外因性ないし反応性うつ病については95.6パーセントに誘因(環境的因子や精神的打撃)を認め、内因性うつ病についても42.7パーセントに誘因を認めたとする報告もあり、うつ病は、内因と状況因の相互作用によって発症(罹患)するという見解が定説になりつつある。」を加え、同七行目の「うつ病の」を「うつ病発症の」に改め、同一一行目の次に改行して「過度の心身の疲労状況の後に発症(罹患)するうつ病は、疲憊性うつ病ないし消耗抑うつと呼ばれている。疲憊性うつ病の男性患者の病前性格は、真面目で過度に良心的で、責任感が強すぎ、几帳面かつ負けず嫌いで、そのくせ気持ちを表に出さず、対人関係においても敏感であることが多く、仕事面において、内的にも外的にも自らの能力を超えた目標が設定されるというものであり、強い情緒的緊張を生じて発病に至るものとされている。このように、うつ病の発症(罹患)には、患者側の体質、性格等の要因が関係しており、過労ないしストレス状況があれば必ずうつ病になるわけではない。」を加える。

11  同裏七、八行目の「695.5時間」を「603.5時間」に、同八、九行目の「約77.27時間」を「約67.06時間」に、同一〇、一一行目の「三時間三〇分」を「三時間」に、同一一行目の「午後九時」を「午後八時三〇分」に、同三九枚目表一行目の「一〇回」を「九回」に、同一、二行目の「約五日に二日」を「約三日に一日」に、同四行目の「二回」を「三回」に、同一〇行目の「一〇回」を「九回」に、同四〇枚目裏四行目の「多かった」を「多く、仕事に手抜きのできない性格の」に、同四一枚目表二行目の「九時」を「八時三〇分」に改め、同六行目の「証言していること」の次に「、太郎が企画書の立案等でよく相談をしていたラジオ二部の訴外櫻庭も、太郎が仕事を抱え込んでやるタイプで、全部自分でしょい込もうとする傾向があったとの供述記載をし、当時築地第七営業局に勤務していた訴外大司も、太郎の仕事の印象は責任感が強い方で、仕事は丁寧だったとの供述記載をしていること」を、同九行目の「及んでいること」の次に「、太郎の在館時間は、太郎がラジオ推進部員として独立して仕事をするようになった平成三年七月から、それと時期を合わせるように、飛躍的に増大していること」を、同裏一行目の「すぎず」の次に「、他に私事のための時間があったとしても相対的には僅かであって」を加え、同四行目の次に次のように加える。

「これに対し、控訴人は、太郎には仕事以外の個人的事情から、会社内に在館していたい事情があった旨を主張し、証拠(乙九四の1、九五の1、九六)中には、これに沿う部分が存する。しかしながら、太郎が仕事の必要性からというよりも、自宅に帰らない、帰れない状況を作りだし、これを両親に認識させる必要があった旨の供述記載部分(乙九五の1)は、訴外滝口の推測を述べるもので、何ら裏付けの存するものではない。確かに、前記認定のとおり、太郎は平成三年一月ころ、訴外坂本に対し、訴外甲野の家庭の事情から同人との連絡を取るために仕事時間中にも電話したり、会ったりすることの承諾を求め、訴外坂本がこれを了承した事実が認められるのであるが、訴外甲野との連絡は太郎の自宅の自分の部屋ですることができ、それに支障があったとは考えられないから、これは、むしろ太郎が勤務時間中にもそのようなプライベートな用事を行うことの了解を特に求めたものと認められるのであって、このような事情が存することから、太郎がことさら深夜まで在館しなければならない理由とはなり難いものと考えられる。したがって、控訴人の右主張は採用できない。」

12  同七行目の「五月に二日」を「約三日に一日」に改め、同四二枚目表三行目の次に「なお、太郎の長時間労働については、これが控訴人の積極的ないし強制的な命令によるものであるとはいえないが、太郎にとっては業務を処理する上で必要なものであり、控訴人はこれを許容ないし黙認していたものと解することができる。」を加える。

13  同一〇行目の「同年七月」の前に「太郎がラジオ推進部員として独立して仕事をするようになった」を、同裏七行目の「誘因となって、」の次に「遅くとも同年八月上旬ころには」を、同四三枚目表六行目の「目標が」の次に「一応」を加え、同九行目の次に次のように加える。

「(二) これに対し、控訴人は、うつ病の診断は、直接患者を問診しないと極めて難しく、太郎がうつ病に罹患していたとする確たる証拠はないと主張する。しかしながら、甲一、二六を作成した東京都立松沢病院長医師金子嗣郎のみならず、乙三六を作成した帝京大学精神神経科教授医師廣瀬徹也も平成三年六月ころから太郎がうつ病になっていたとし、甲六六を作成した国家公務員等共済組合連合会立川病院精神科部長医師野村総一郎も太郎がうつ病になっている可能性がきわめて高いと考えられるとするなど、事後的にではあるが、複数の医師が太郎がうつ病に罹患していたないしはその可能性が高いと診断しているのである。他方、元東大教授神経科医師逸見武光は、乙六五、八九において、太郎がうつ病発症していたとするには根拠が不十分であるとし、太郎の自殺がうつ病の症状だったと断定できるものかどうかには疑問があるとするが、同医師の結論を導く過程をみると、前記認定の太郎の超過勤務の実態を充分把握したうえでの判断であるのか疑問が残る上、太郎は訴外甲野ないし訴外坂本に対して、仕事が加重であることを訴えたことがあるにもかかわらず、これがないことを前提に考察していること、原村における太郎の態度についても、前記のように種々のうつ病の症状と思われる症状が認められるにもかかわらず、原村においては異常な状況を示したと確定できる事実はないとするなど、その診断の前提となる事実関係の把握に問題があるものといわざるを得ず、にわかに採用し難い。

また、控訴人は、疲憊性うつ病は、心因性うつ病の一種であり、あくまでも感情上の苦悩(ストレス)が問題となる病気であり、長期間の情動上のストレスの持続により発症(罹患)するとされているから、過労等の肉体疲労で疲憊性うつ病になることはないと主張するようである。しかしながら、過労等による長期の慢性的疲労や睡眠不足がストレスを増大させることは経験則上明らかであるうえ、慢性疲労が自律神経失調症状と抑うつ状態を招き、一部では内因性うつ病と区別できない反応性うつ病を引き起こすことがあるとするのは神経医学会の定説であると認められること(証人金子、甲六六、七二)、コンピュータ関連職の精神疾患の患者七三名中、うつ病は二三人(30.1パーセント)で、うつ病の誘因のうち慢性的な疲労が認められた人が一五人(約七〇パーセント)もいるという報告及び同様の報告で一九例中一三例が仕事に没頭し過労状態が持続した後に破綻したとする報告もあること(甲五〇の2、五五)などに照らすと、過労等の肉体疲労によって疲憊性うつ病になることはないとする控訴人の主張は採用できない。

なお、控訴人は、太郎は、過労とは関係のない精神分裂病であった可能性があるとも主張する。確かに、太郎のいう『霊が乗り移ったみたいだ』との言葉は、精神分裂病の妄想、自我障害における症状との多少の類似性が感じられないではないが、これは、自分の思いどおりに考え、行動できないもどかしさをそのように表現した可能性があり、そのように解すれば、うつ病の診断にも抵触しないし(乙三六)、その他には、精神分裂病特有の奇怪さ、了解不能な行動は存在せず、太郎の言動から積極的に精神分裂病であることを窺わせる症状は認められない(甲六六)。」

14  同一〇行目の「(二) これに対し」を「(三) さらに」に、同裏一行目の「うつ病が」を「うつ病患者が」に改め、同六行目の「太郎」から同七、八行目の「あったこと、」までを削り、同一〇行目の「残業」の次に「の取扱い」を加え、同四四枚目表六行目の「また、」から同九行目までを次のように改め、同一〇行目の冒頭に「(四)」を加える。

「 また、控訴人は、仮に太郎がうつ病に罹患しており、その結果自殺したとしても、その原因は訴外甲野との愛情関係上のストレスにあり、業務との関連性はないと主張する。確かに、前記認定のとおり、太郎が訴外甲野との早期の結婚を望み、訴外甲野にその意思を表明したのに対し、訴外甲野は、結婚のことは卒業してから考えると婉曲に返事を避けていたことが認められる。しかし、訴外甲野は当時未だ一〇代の大学生であって、太郎も控訴人へ入社後間もない時期であったこと、その後も二人の交際はほぼ順調に続き、平成三年八月三日から五日にかけて二人で八丈島に旅行するなどむしろ日増しに親密の度を加えて行ったことが認められること、太郎が原村において、訴外坂本に打ち明けた事柄は、自分の健康ないし仕事の悩みがほとんどであり、訴外甲野との愛情問題は全く出ていないこと、これに対し、訴外坂本は、このイベントが終わったら、仕事を白紙にして、息抜きしたらどうかなどと助言していることなどからすると、太郎が訴外甲野との恋愛問題に悩み、二人の将来を悲観したりして、そのためにストレスが嵩じていたものとは考え難い。証拠(乙八七)中には、二人の仲がうまくいっていない印象を受けたとする友人の供述記載部分が存するが、それ自体具体的な出来事に裏付けられたものではないし、一方ではそんな深刻な感じではなかったとの供述記載もあることからすると、右供述記載部分はにわかに採用し難いというべきである。

控訴人は、平成三年八月二七日、訴外甲野が太郎の遺体に取りすがり、ごめんなさいといいながら泣き崩れていたこと、同年九月二日、被控訴人ら宅において、被控訴人らと控訴人関係者が面談した際に、被控訴人春男が『甲野春子が懺悔した。』と述べたことなどから、訴外甲野が太郎の自殺に直接関係している旨を主張し、証拠(乙七三、九五の1、九六)中には、これに沿う供述記載部分もある。しかしながら、訴外甲野は、このような事実を明確に否定し、当審における証人尋問及び陳述書において、太郎の遺体を前に『今晩会おうと言っていたじゃないの。』と言って泣き崩れたものであると供述しているところ、前記認定の事実によれば、太郎は、最後に原村から電話してきた際(同年八月二六日の月曜日)、火曜か水曜の夜に会おうと述べていることが認められ、この事実の流れからして訴外甲野の右供述は不自然ではない一方、訴外甲野がその電話において、太郎に対して、自殺の誘因となるような冷たい態度をとったことを窺わせるような証拠は存しないこと(乙九四の1には、訴外甲野がその電話の後に太郎と会って話を聞いた疑いがあり、その際何らかの出来事が生じた可能性があるとする趣旨の部分があるが、これは単なる憶測の域を出るものではなく、容易に採用できない。)、訴外坂本は、原審における証人尋問の際、控訴人代理人が『推測になるかもしれませんけど、あなたとしては何が原因だったというふうに考えますか。』と太郎の自殺の原因を質問したのに対し、仮に訴外甲野及び被控訴人春男につき控訴人主張のような言動があったとすれば、自殺の原因に極めて関連性が強いと思われるから、当然これについて触れる筈であるのに、全く触れていないこと、訴外加藤が重要事項を記載したメモ(乙七二の2)の八月二七日の欄にも訴外甲野の発言内容の記載はないこと、もっとも、訴外加藤のメモ(乙八五の2)の九月六日の欄外に『5/9父親は彼女(甲野さん)にざん悔をさせてレポートを書かせているから白と言っている???』旨の記載が存するがその記載自体からすると、訴外甲野が白すなわち、太郎の自殺とは関係がないことに重点があると思われるうえ、その趣旨は、証拠(甲六〇の1)によれば、訴外甲野が太郎の死亡後、涙ながらに被控訴人らに対し、生前太郎が『最近異常なほど忙しくて寝ていない、やることが一杯あって、ノイローゼ気味だ。』などと述べていたことを早く話しておけば、こんなことにならなかったのにと悔んでいたし、被控訴人春男も訴外甲野に対し、そのことで悔みごとを言ったという事実が存するところ、これを被控訴人春男が訴外坂本ないし訴外加藤に述べたことを捉えて、前述のような供述記載となったものと推認されるのであって、『ざん悔』という文字のとおり、訴外甲野が太郎の自殺について自分の罪の意識を告白したという意味のものとは認められないことなどに鑑みると、前記供述記載部分は、にわかに採用できないものといわざるを得ない。

控訴人は、父親である被控訴人春男が潜在的に厳しい恐怖の存在として太郎の心の中で大きな位置を占めていたことから、父親に対する反発等が太郎の自殺の原因であった可能性があると主張するもののようである。しかし、控訴人がその根拠として主張する、弟が秋男という名前であることから、父親が自分に不満を持っているのではないかと、自分の名前の付けられ方にコンプレックスを感じていたことについては、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、世田谷区の訴外甲野の家に近い田園調布のマンション借入れに父親から反対されたこと、及びタレントになることを希望していながら父親に反対されたことは、証拠上認められないではないが、前記認定の事実関係に照らすと、これらの事実がうつ病ないし自殺の誘因となったことを窺わせるものということはできず(このような因果関係を認めるに足りる証拠もない。)、かえって、前記認定事実によれば、太郎は自宅までの帰宅時間がない時には被控訴人春男の事務所に泊まったり、同被控訴人のYシャツを借りて着たりしていることが認められるのであり、父親に対する反発なり心理的な抵抗がある程度以上強い子供がこのような行動に出るとは考えにくいこと(証人金子)に照らすと、控訴人の前記主張は採用の限りではない。

その他、本件全証拠によっても、訴外甲野との交際を含む太郎の個人生活ないし被控訴人春男との父子関係を含む家庭環境に、同人をしてうつ病ないし自殺に至らしめたと合理的に推認できるような事情があるとは認められない。」

15  同四五枚目表八、九行目の「同人が従前どおりの業務を続けるままにさせた」を「同人に従前より責任の重く、業務量の多い、独立したラジオ推進部員としての仕事をさせるようになった」に改め、同裏一一行目の次に改行して「控訴人は、自殺は本人の自殺念慮に起因し、自ら死を選択するものであり、控訴人にはそれを予見することも、またこれを回避することも全く不可能であるから、太郎の死亡につき、安全配慮義務が成立する余地がないと主張するが、前記認定の事実によれば、控訴人は太郎の常軌を逸した長時間労働及び同人の健康状態(精神面も含めて)の悪化を知っていたものと認められるのであり、そうである以上、太郎がうつ病等の精神疾患に罹患し、その結果自殺することもあり得ることを予見することが可能であったというべきであるから、控訴人の右主張は理由がない。」を加える。

16  同四七枚目表八行目の次に次のように加える。

「4 過失相殺等について

前記認定事実によれば、過労ないしストレス状況があれば誰でも必ずうつ病に罹患するわけではなく、うつ病の罹患には、患者側の体質、性格等の要因が関係していると認められるところ、太郎は、真面目で責任感が強く、几帳面かつ完璧主義で、自ら仕事を抱え込んでやるタイプで、能力を超えて全部自分でしょい込もうとする行動傾向があったものであり、太郎にこのようないわゆるうつ病親和性ないし病前性格が存したことが、結果として自分の仕事を増やし、その処理を遅らせ、また、仕事に対する時間配分を不適切なものにし、さらには、自分の責任ではない仕事の結果についても自分の責任ではないかと思い悩むなどの状況を作りだした面があることは否定できないこと(もっとも、一般社会では、このような性格は、通常は美徳ともされる性格、行動傾向であり、この点をあまり重視して考えることはできないと考える。)、控訴人においては、自ら残業時間を勤務状況報告表に記載するという自己申告制を採っているところ、太郎が実際の残業時間よりもかなり少なく申告していたことが、上司において、太郎の実際の勤務状況を把握することをやや困難にしたという面があり、そのように申告せざるを得ない状況にあったとしてもなお、過労を上司に申告ないし訴えて勤務状況を少しでも改善させる途がなかったとはいえないし、そもそも控訴人において必要とされるような知的・創造的労働については、日常的な業務の遂行に関して逐一具体的な指揮命令を受けるのではなく、一定の範囲で労働者に労働時間の配分、使用方法が委ねられているものというべきであるところ(控訴人が超過勤務につき自己申告制を採用していることも、このような労働の性質を考慮したためと考えられる。もっとも、太郎の行う業務が右のようにいわば裁量労働の面を有し、太郎の長時間労働が控訴人の強制によるものではないとしても、控訴人が右長時間労働を許容ないし黙認していた以上、控訴人に責任が生じないことにならないのはいうまでもない。)、太郎は、時間の適切な使用方法を誤り、深夜労働を続けた面もあるといえるから、太郎にもうつ病罹患につき、一端の責任があるともいえること、うつ病罹患の前あるいは直後には、太郎は精神科の病院に行くなり、会社を休むなどの合理的な行動を採ることを期待することも可能であったにもかかわらず、これをしていなかったこと(証人金子)、被控訴人ら太郎の両親も、太郎の勤務状況、生活状況をほぼ把握しながら、これを改善するための具体的措置を採ってはいないこと(被控訴人らは、太郎の両親として独身の太郎と同居し、太郎の勤務状況等をほぼ把握していたから、太郎のうつ病罹患及び自殺につき予見可能性があり、また、太郎の右状況等を改善する措置をとり得たことは明らかというべきである。そして、このような場合には、たとえ太郎が成人で社会的に独立していても、被控訴人らが太郎の相続人として請求する損害賠償の額につき、右の被控訴人らの事情を斟酌することは許されるものと解する。)などの諸事情が認められ(なお、自殺には、一般的に行為者の自由意思が介在しているといわれるが、太郎の自殺は、前記認定の事実関係のもとでは、うつ病によるうつ状態の深まりの中で衝動的、突発的にされたものと推認するのが相当であり、太郎の自由意思の介在を認めるに足りない。)、これらを考慮すれば、太郎のうつ病罹患ないし自殺という損害の発生及びその拡大について、太郎の心因的要素等被害者側の事情も寄与しているものというべきであるから、損害の公平な分担という理念に照らし、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、発生した損害のうち七割を控訴人に負担させるのが相当である。

被控訴人らは、本件長時間労働による極度の疲労、著しい睡眠不足は、本来脳や心臓疾患による死亡を招くに値するもので、これと同一条件のもとで罹患した本件うつ病は、それ自体『死』と同質のものであって、太郎に限らず、誰であっても不可避的にうつ病になる可能性が高いから、心因的要因が介在すると考える余地は全くない旨を主張するが、うつ病の発症(罹患)には患者側の種々の要因が関係していることは前記認定のとおりであるし、過労ないし睡眠不足がうつ病等の精神疾患と脳や心臓等の肉体疾患に及ぼす影響が全く同一であるとはいえないことは明らかであるから、これを全く同一視する被控訴人らの前記主張は、これを採用することができない。」

17  同裏一〇行目の次に改行して「なお、被控訴人らは、太郎は遅くとも三〇歳までには結婚しており、結婚後の三一歳以降については生活費控除率を三五パーセントとすべきであると主張するが、太郎が将来結婚することを確認できるだけの証拠も、また、その結婚時期を特定するに足りる証拠もないことなどに鑑み、被控訴人らの右主張は採用しない。」を加え、同四九枚目表三行目の「太郎の」から同行目の「ところ」までを「控訴人の負担すべき損害額は、太郎の総損害額一億一五八八万〇五八八円の七割に当たる八一一一万六四一一円であるところ」に、同四、五行目の「五七九四万〇二九四円」を「四〇五五万八二〇五円」に改め、同五行目の「を取得した」の前に「につき損害賠償請求権」を加え、同一〇行目の「五〇〇万円」を「四〇〇万円」に、同行目の「一〇〇〇万円」を「八〇〇万円」に改める。

四  結論

以上によれば、被控訴人らの控訴人に対する請求は、被控訴人らそれぞれに対し金四四五五万八二五〇円及びこれに対する太郎の死亡の日以後の日である平成三年八月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却すべきである。そうすると、原判決は、被控訴人らの請求を過大に認容した点で一部失当であるから、本件控訴に基づきこれを変更し、本件附帯控訴はこれを棄却する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官小磯武男 裁判官丸山昌一は、転補につき署名押印できない。裁判長裁判官鈴木康之)

別表〈省略〉

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